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趣味は「研究」

自分が小学生までは、これといった趣味を持たず、すべての事に対して飽きっぽい性格でした。
そんな私が中学1年の夏、大阪から山口への転居し、新しい友人が出来たことで大きなショックを受けることになったのです。

 

当時ステレオラジカセと言う物がまだ珍しい時代に、友人がそれを見せてくれました。
最初の印象は「へ~」というぐらいの感想でしたが、そのラジカセを車のバッテリーで長時間駆動出来るように改造してあったのです。

 

早速、近所の海に泳ぎに行き、そのラジカセで大音量の音楽を聴きながら遊んだのです。
今ではポータブルスピーカーというものが当たり前ですが、当時はそんなものありません。

 

それまで電池の+-すら解かっていなかった自分ですが、この出来事はあまりにも衝撃的で、大いに興味を持つきっかけになったのです。

分解しまくり

この時を境に、自宅にある家電製品を片っ端から分解しまくりました。
勿論、元に戻せず随分と親から怒られたものです。

 

ともあれ興味は際限なく続き、「もっと知りたい、もっと知りたい」との気持ちが膨れ上がる一方でした。
日々の活動は部活ではなく、友人と一緒に近所の産廃場にもぐりこみ、家電製品をあさる毎日だったのです。

 

その拾ってきたテレビゴミから半田ごてを使って電子部品を抜き「これで何か作れないか」と、ワクワクしていたのです。

知識が足りない!

プラモデルを組み立てるのとは違って、電子部品を形から組み合わせることはできません。そう、「この電子部品は一体何に使われるのか」という事を知らずに再利用できないのです。

 

そこで解らないなりに、「ラジオの制作」と言う本を片手に四苦八苦。
抵抗器の色は「クチアダキミアムハシ」、コンデンサーは「ピコファラッド」、コイルは「ミリヘンリー」、トランジスターは「ABCD」、ダーオードって何?整流って何?なんか難しい計算も出てきて訳が分からん。

 

見よう見まねでやるも電源ONで火が吹き上がり、自宅のブレーカーが落ちてまた怒られる始末。
”好きこそ物の上手なれ”とは言いますが、「誰か教えて~」と叫んでも誰もいない。

 

インターネットもない時代ですから専門の学校に行って学ぶしかありませんでした。
しかし学校の先生も、専門分野にそれほど詳しいわけでもなく、「知りたいことが知れない!」と言う欲求不満が見当違いな所で爆発し不良生活へ。

結局プロの世界でしか学べない

そうして結局「東芝」の学園に入学してプロの世界へ・・・
気が付くと電気が目に見えるレベルに上達し、飽きてしまいました。

 

もうこれ以上「研究」する課題が無くなってしまい、7年で自主退社。
この後は「研究」課題を探す旅が長く続き、人生転落の一途。

 

人生の第一章終了~そして現在に至る。続きはまた。

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