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株式会社IMS創立―ついてきてくれた隊員さんたち

鵫巣 雄司

株式会社IMS誕生のころのことは、いまも鮮明に覚えています。当時、勤めていた警備会社J社を篠田さんとともに退職した私は、理想の会社とイメージしていた現在の株式会社IMS起業前に、当面の生活もあることから、知り合いの警備会社に所属し、警備業の請負を始めました。二人だけでのスタートでした。室井、伊藤、榎本、それから伊東さん(当時会長)といった創業メンバーたちが合流するのは少しあとのことになります。
まさに何もないところから始めたわけですが、まず日々の食いぶちを稼ぐには警備員さん、つまり隊員がとりあえず10人は必要という状況でした。そんななか、はじめから12、3人の隊員が集まってくれたのです。
どこの会社でも独立する人間がいるときには、元の会社から人財や取引先を引き抜いて持っていってしまうことが問題となります。ところが、J社を辞めるとなったときには、篠田さんも私も隊員さんたちに「一緒にどうだ」とは一言もいっていません。ただ、「急に辞めることになり申しわけない」とお詫びをし、そしてそれまでのお礼を伝えるために現場を回っていたのです。そうした目的で、篠田さんと二人で各現場で事情を説明していたところ、「鵫巣さんが辞めるのならば俺もついていくよ」という人が出てきたのです。それも一人ではなく、あちこちの現場にです。これには本当に助けられました。株式会社IMSはゼロからの立ち上げであり、加えて警備業は世のなかでは簡単に流されやすい仕事です。したがって、もちろん不安がないわけではなかったのは事実です。しかし、その不安以上に、それまでに培ったノウハウや業界知識が十二分にありましたから、絶対に成功できるという自信を持っていました。ちなみに立ち上げの時点で、私は警備業に携わって15年以上が経っていたのです。警備業は仕事としては特段難しいことはありません。ただし、お客さんがいて、現場に出てくれる隊員さんがいなければ話にならないのです。逆にいえば、その条件さえ整えば営業はどこにでもできる。したがって、先ほど書いたような事情で、スタート時点からある程度の隊員さんたちを確保できていたということは、あとは自分たち次第という見通しが立てられる状況になっていたといえました。


ひとりでの朝対応は3年にわたって続いた

鵫巣 雄司

いくら自信があっても、はじめの数カ月はおろか、1年程度は大変な思いをしなければならないことは経験則からももちろん覚悟していました。
この業界は昼夜を問わず仕事があります。そこで、現場に人がいるのは最低限のことで、当然、それ以外に「管理」をする人間が必要になります。それも、現場への直行直帰が基本の業界ですから、すべての勤怠を電話で管理することになるのです。日勤ならば隊員さんが家を出るのは朝の5時か6時というのが基本。帰宅は夜の7時、8時です。その状況を把握するために電話連絡をすべて行うことが必要。とくに朝は大変で、現場に着いているのかどうかは電話でしか分からないのですが、10年前といえば現在よりも携帯電話の保有率はずっと低く、こちらから確認の電話を入れられず、相手からの連絡を待つしかないこともしばしばでした。当時、篠田さんは営業や資金繰りで外を回ることがほとんどで、実務はほぼ私に任されていました。毎朝5時台から連絡を受け、その後、次の日の配置を決める。そして終業の連絡を受け終わるのはだいたい夜の9時台です。私は、会社の電話を携帯に転送したりしながら、毎日一人でどうにかその管理業務をやっていました。はじめのうちは隊員さんも十数人でしたから、どうにかやりくりがついていましたが、そのうちにそれが20人、30人となってくると、とにかくもう回らなくなってきます。家を出たという連絡、現場に着いたという連絡、その30人分の連絡だけで朝から60本の電話をやり取りしなければなりません。「道に迷った」「電車が遅れた」、その他のトラブル……これを一人で回すのはとにかく大変で息をつく暇もないほどです。毎日隊員さんからの朝5時台の電話で目を覚ますのが当たり前でした。結果としては、じつに3年間にわたってこの作業を毎日続けたのです。


「やらなければ仕方がない」という覚悟

そうした状況については正直のところ「嫌だ」とは思っていなかったのです。良いとか悪いとか、辛いとか嫌だという前に、とにかく、「やらなければ仕方がない」というのが実感でした。実際、篠田さんにしても資金繰りのために実家を担保に入れてまでやっているわけで、ここで失敗するわけにはいかなかったのです。いまになれば笑い話かもしれませんが、スタートした当初は、万が一どうしてもだめならば自分たちの生命保険で責任を取るしかない―そんな覚悟を持っていました。自分が腹を切ってそれで丸く収まるのならば、それも辞さないと思ったわけです。それは「覚悟していた」などとあえていうまでもなく、まったく自然と覚悟していたといえます。それだけにこの覚悟は非常に強いものでした。この仕事は、客先から会社に支払いがあるのは2カ月後です。ただし隊員には毎週のように現金の支払いが必要となります。つまり回り始めるまでは、やればやるほど資金繰りが大変になっていくのです。この業界では、業績は良いけれども、日々の現金がショートしてしまって黒字倒産する会社も少なくありません。万が一、隊員さんたちへの遅配でも発生しようものならすぐに噂は広がり、人財の確保が難しくなります。だから、とにかく隊員への支払いが最優先。そして是が非でもそこだけは死守しなければなりません。


隊員さんからの思いも寄らぬ厚意

株式会社IMSを立ち上げた当初、こんな話もありました。前の会社であるJ社から離れる直前、ある隊員さんが「事務所の物件はもう決まっているのか?」と尋ねてきたのです。「まったく決まっていません」と答えたところ、「俺のところで一軒空いているから使えばいい」といってくれたのです。しかもテナント料もゼロでいいとのこと。これには本当に感激しました。涙が出るほどでした。その隊員の方は、もともとは経営者でお子さんに会社を譲ってご自分は警備の仕事に転じた方でした。じつは、隊員さんのなかには管理職だったが定年で辞めた方、あるいは中小企業の経営者が代替わりで会社を譲り、自分はただ家にいるのも良くないと警備の仕事に付く人が割と多いのです。
資金繰りはもちろんですが、この仕事はなによりも「人がいて初めて成り立つ商売」です。隊員さんたちがいて、初めて仕事になる。何人の隊員さんを抱えているかが、そっくりそのまま警備会社の力になるといっても良いくらいです。そこでとくに重要なのが隊員さんたちの管理となるのですが、これが一筋縄ではいかないことであると思います。とくに若い方たちにはそこが難しいでしょう。

「隊員ファースト」の精神

都内で警備業に従事する警備員の平均年齢は、だいたい60歳を超えようかといったところです。警備には4つの業務があって、とくに2号警備、つまり交通誘導の警備員の平均年齢は圧倒的に高くなっています。株式会社IMSを立ち上げたころ、篠田さんは40代、榎本や室井といえばまだ30代でした。そんななかで当時すでに50代だった私がいることは、高齢の方たちとやっていくという点では結果的によかったのではないかと思います。
平均年齢60代というと、若い社員にとっては自分の親世代の方と付き合っていくわけです。あるいは祖父母世代という場合さえ出てきます。そういった方々にどうやって指示をすればよいのか、どう付き合えばよいのか、戸惑うことも少なくないはずです。そして、隊員さんの側にしても、子ども、あるいは孫の年代の人間からあれこれと文句をいわれてはたまらないという気持ちもあるのが事実です。よく、「隊員さんと付き合う上でなにが大事ですか」と聞かれます。警備会社に限らず、人材派遣全般にいえることだと思いますが、どうしても「人を物のように扱いがち」になっているのではないでしょうか。まずこれには気をつけなければなりません。隊員がいるからこそ、売上が立つのです。私たちは隊員さんたちのおかげで食べていけるのです。このことだけは肝に銘じておくべきです。

現場に出向くことで信頼関係が生まれる

私の場合は歳が近く、もともと人付き合いが好きな方ですから、隊員とは友人関係を築くような気持ちで接していました。では歳が離れている場合にはどうしたら良いか。それはできる限り現場に行って隊員さんたちを労うことです。そして愚痴の一つでも聞いてあげるのです。隊員といえば現場で全責任を負っており、会社の顔ともなっています。大小を問わずなにか問題が発生した際には、まず隊員が対処するのです。したがって、ストレスもありますし、やりきれない思いをすることだってもちろん少なくありません。だからこそ、たとえ月に1回でも社員が現場に出向くことが大切。そこで隊員さんが不満をいってくることもあるでしょう。そんな場面では絶対に上から目線で物をいってはいけません。確かに社員は隊員に指示を出す立場にあります。その結果、指示すること、怒ることが「当たり前」のように錯覚しがちになってしまいますが、断じて違います。
隊員さんがいてこその私たちなのです。私は常々若い社員に対し、「現場ではよっぽどのこと以外は小言をいうな」と教えてきました。どのように接すれば良いかといえば、自分が父親、祖父に接するようにしてかわいがってもらえばよいのです。差し入れを手に「ご苦労さまです」と現場に出かけるのです。そこから人間関係を築くことができれば、ときには隊員さんが無理を聞いてくれるようにもなりますし、やがては不満を口にすることもなくなるでしょう。朝、隊員がちょっと遅刻しそうなときにも、普段の関係が上手く築けていれば、「遅刻したら会社に迷惑がかかるかな」とか、急なお願いをしても「あの兄ちゃんにお願いされ
たら行かないわけにはいかないな」という具合に、心と心のつながりができれば、お互いにとって仕事が格段にやりやすくなっていくのです。
たとえば、雨の現場は誰でもイヤです。ただし、隊員は土砂降りでも仕事に立たなければなりません。そんな日に事務所から若手の社員がやってきて激励してくれればどうでしょう。これがうれしくないはずはありません。私はもともと警備員を11年間やっていましたから、そんな気持ちは非常によく理解できます。
ちなみに現在、IMSグループにいる人間のなかでも、おそらく現場での隊員経験が一番長かったのは私であろうと思います。そんなこともあって、自分自身現場に行くのはまったく苦にはなりません。むしろデスクワークよりも好きなくらいです。考えてみれば、現場巡回にもよく行ったものでした。

発注元の経営状況が現場で分かる

隊員さんたちとのコミュニケーション以外でも、現場に行くことで得られるものは多くあります。一つは責任者が現場に来ているということを見て、発注元のお客さんに私たちがしっかりと現場管理をしている姿勢が伝わります。そして、さらに重要なのが、現場の会社、つまり建設現場ならば建設会社の状況が分かるということです。世のなか、いつどんな会社が倒産するか分からないもの。その前兆を摑むことは非常に難しいものです。では、会社の経営陣を別にすれば、いったい誰が会社の危険度を把握しているでしょうか。それはやはり従業員さんたちです。つまり、現場で受注元の従業員の様子を実際に目にすることは、倒産などの前兆を摑むことにもつながるのです。こんなこともありました。現場にいた受注元の従業員の一人が「うちの会社、先月給料遅れちゃってさ、参ったよ」と話しているのです。遅配は確実に経営不振のサイン、それもかなり深刻な場合も少なくないものですから、すぐにその取引先からの受注をストップさせて事なきを得たのです。こういった情報は公に出てきたときはすでに手遅れ。当然、事前に察知することなど困難です。ところが現場での作業の最中など、ふとしたときに従業員が不満を漏らすことはあるのです。
隊員さんたちにも、そういった発言を現場で聞いたらすぐに知らせてほしいと、必ずお願いしていました。もちろん、これも隊員との普段からのコミュニケーションなくしてはできないことです。

○ ○ズ警備に「高い授業料」

これまでのIMSグループの歴史のなかで、私にとって一番の失敗といえば○ ○ズ警備という会社に未回収金が発生した事件でした。
平成21年12月、当時取引のあった某中堅警備会社のOさんから、
「知り合いで困っている会社がある。協力して欲しいので相手先の担当者と会って欲しい」
と連絡がありました。
そこで○ ○ズ警備のA営業部長とO、そして私の3名での面談となったのです。相談内容というのは、「大手の会社と新規の契約を締結したが、人手が足らず依頼を処理できそうにない。なんとか協力してくれないか」とのことでした。その時期、自社の営業成績が思わしくなかったこともあり、あまり好条件とはいえなかったものの依頼を受注する方向で話を聞き、その場で口頭で料金、期日等を約束しました。そして、翌年の1月から業務が始まり、1日に2~4名の人員を派遣しましたが、慌ただしく始まった仕事であったこともあり、本契約を結ばないままにしてしまったのです。当たり前のことながら、それが後々問題となりました。1月末の初入金(約20万円)が期日に支払われなかったのです。しかし、5日ほど遅れましたが結果的には入金されたこともあり、安心してしまいました。いまであれば、その時点で仕事を中止し、細かく調べるところですが、当時は現在のようなシステムもなく、私一人で管制業務もやっていたので判断が甘かったことが悔やまれます。その結果、業務が継続し派遣ボリュームも増えていったのですが、2月の入金(約65万)が未入金となり、何度も電話で請求するものの埒が明かず、ついには面談を求めても応じてくれないまでになってしまったのです。そんなゴタゴタの末、どうにかやっと面談を約束させ、私は○ ○ズ警備に向かいました。まさか同じ警備会社同士で踏み倒しをするわけもないだろうと、まだ相手のモラルを信じながら、○ ○ズ警備のトップに会ったのですが、彼はそこでとんでもないことを口にしたのです。
「そんな契約をした覚えはない」
もちろん、私も「そうですか」と引き下がるわけにはいきません。
12月にナンバーと会って仕事の受注をしたことを説明しましたが、話はまるでかみ合わずに物別れとなり、お互いのいい分を主張するだけで一向に解決の糸口さえ見えません。

契約手順は常に原則に則るという基本中の基本

こちらの主張は正当なのですが、いかんせん契約書の作成や確認に手落ちがあったため、泥仕合の様相を呈してきました。担当の警察署や公的な法律相談(東京都中小企業振興公社)に出向きましたが、どちらでも本来の契約時の手順を怠った私のミスが原因で解決が難しいとの返答でした。○ ○
ズ警備が確信犯であることは明らかでしたが、それを証明する手段がないのです。しかも○ ○ズ警備には、こちらが怒り、しつこく食い下がって実力行使に出ることを待っているような素振りさえあります。そうなればますます先方の思うつぼになりますから、とにかく我慢するしかありません。
この結果、IMSグループの役員会で私自身の責任であることを指摘され、自分でも納得のうえで、とりあえず個人弁済という結果となりました。その後は友人から紹介された司法書士に、私個人として依頼をして解決に動いてもらいました。最終的には5カ月ほどかかりましたが、裁判所に提訴し、60%の返還となりました。約26万の損失と司法書士への手数料約18万。わずかな手間を怠ったために、合計で約45万の授業料を支払っての解決となりました。21万ほどではあっても回収できたのが幸いと思わなければなりません。
本来ならば篠田さんに確認を取りながらやらなければならない仕事でした。最初に会ったときA営業部長を信頼できる人だと思い込んでしまったこともあり、大丈夫だろうと高をくくってしまったのです。目先の利益や利益にみえるものに、安易に飛びつくべきではないのです。私はこの件によって、契約というものは、常に原則に則ってきちんとした手順を踏まなければならないと肝に銘じることになります。それは信頼のおける相手であっても変わりません。個人で判断のできることには限界があります。そしてその限界というものは、自分が思っているよりもずっと狭いということを覚えておいてください。だからこそ、物事を全体で共有し、複数の人間で検討する必要があるのです。決して自分を過信してはなりません。

信頼と信用はまったくの別物

隊員さんたちに、わたしはよく「人を信頼してもいいが、すぐに信用はするな」といっています。すべてを疑えということではありませんが、
「信用は崩れて当たり前」
と思うことも必要なのです。
信頼は相手に対し、この人ならば大丈夫なはずだという期待や願望が含まれています。それに対し、信用は過去の実績を客観的に判断し、確かだと信じることです。この二つは似て非なる物といえます。○ ○ズ警備の件はお互いの「欲」が生んだ事件ともいえるでしょう。○ ○ズ警備は代金の支払いが惜しくなり欲を出した。しかし、私にしても欲を出してしまったからこんなことになったのです。隊員の余裕はあるが仕事がないというときに、○ ○ズ警備が取ってきた仕事にうちが人を出すだけでお金になるのです。つまり、営業活動をしなくても、半ば自動的に仕事が回ってくる。利幅は少ないけれど営業をせずに仕事が取れる。これは良い話だと飛びついた自分がいました。そこにはやはり欲があったといえます。
しかも、12月に話がきて、1月から現場に警備員を派遣してほしいという依頼だったのですが、本当は警備業一般でいえばこの時期は忙しいはずの時期なのです。その点を不審にも思わず仕事がうまく取れていなかったので、飛びついてしまったのでした。そこには焦りもありました。金額の多寡を問わず、代金が入って来ないというのは非常にショックであり、あってはならないことです。なぜなら、幾度も繰り返すことになりますが、私たちの稼ぎは隊員が現場に行ってくれて初めて生まれるものだからです。立っているだけで汗が噴き出る真夏でも、寒さで手がかじかむ真冬でも、現場に入ってくれる隊員さんたちがいて、初めて売上が発生する。工場で物を生産するとか、物を仕入れて売るとかといった仕事とは異なり、人が動くことによって生まれるお金―人の労働力がそのままお金になるといってもよいでしょう。ですから、5000円でも1万円でも、その隊員さんの労苦をゼロにすることなど、決して許せないことなのです。

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